そこで先刻御話しをした煙草の煙りが、豊かに靡く黒髪の間に流れ流れて、時ならぬ陽炎の燃えるところを主人は余念もなく眺めている。 寒月君はどうだい私にもちと分りかねますなそりゃ困ったな。 偉大なる鼻がますます異彩を放って、迷亭も主人も有れども無きがごとき有様である。 四 　主人のうちへ女客は稀有だなと見ていると、かの鋭どい声の所有主は縮緬の二枚重ねを畳へ擦り付けながら這入って来る。 せんだって細君の来た時は迷亭君がいて妙な事ばかり云うものだから――いえ君が悪いのじゃない。 あんまり、ぬかりが無さ過ぎるようですぜ。 しかし癲癇病みの御かめのごとく眉の根に八字を刻んで、細い眼を釣るし上げらるるのは事実であります。 修業も糸瓜も入ったものじゃないのに当人は全く克己の力で成功したと思ってるんですからね。 近頃はどこに住んでおりますか知らん すると寒月が奥深く毛も見えずはいけますまいかと各々出鱈目を並べていると、垣根に近く、往来で今戸焼の狸今戸焼の狸と四五人わいわい云う声がする。 しかし早晩自分の所有すべき布団の上に挨拶もなく乗ったものは誰であろう。 石塔と相撲をとって大小三個ばかり転がしてしまったんだから 十八金だよと鈴木君は笑いながら答えたが君も大分年を取ったね。