今戸焼の狸というな何だいと迷亭が不思議そうに主人に聞く。 こうだぜ――吾輩は美学を専攻するつもりだから天地間の面白い出来事はなるべく写生しておいて将来の参考に供さなければならん、気の毒だの、可哀相だのと云う私情は学問に忠実なる吾輩ごときものの口にすべきところでないと平気で云うのだろう。 せっかくの苦心も一字残らず落第となった。 いよいよ百日紅が散って一輪の花もなくなっても当人平気でいるから、いよいよ西洋料理に有りついたなと思って契約履行を逼ると迷亭すまして取り合わない あるいは主人の方で尻のある見当へ顔を持って来たのかも知れない。 この式を略してしまうとせっかくの力学的研究がまるで駄目になるのですが……何そんな遠慮はいらんから、ずんずん略すさ……と主人は平気で云う。 　忍び込むと云うと語弊がある、何だか泥棒か間男のようで聞き苦しい。 　向う横町へ来て見ると、聞いた通りの西洋館が角地面を吾物顔に占領している。 ちょっと用があるから嬢を呼んで来いとおっしゃいましたうるさいね、知らないてばと令嬢は第二の剣突を食わせる。 この布団は疑いもなく鈴木君のために敷かれたものである。 迷亭は天井を見ながら君、ありゃ雨洩りか、板の木目か、妙な模様が出ているぜと暗に主人を促がす。 君知ってるか きょうはその東風子の失策物語を御報道に及ぼうと思って忙しいところをわざわざ来たんだよまたそんな仰山な事を云う、君は全体不埒な男だハハハハハ不埒と云わんよりむしろ無埒の方だろう。 見ると漆喰で叩き上げた二坪ほどの土間に、例の車屋の神さんが立ちながら、御飯焚きと車夫を相手にしきりに何か弁じている。