御客さんは三人の中で一番普通な容貌を有している。 なるほど少し妙だねと鈴木君はどこまでも調子を合せる。 しばらく佇んでいると廊下を隔てて向うの座敷でベルの音がする。 廿にもなって背いが延びるなんて――あなたもよっぽど人を馬鹿になさるのねと細君は袖なしを抛り出して主人の方に捩じ向く。 ちょっと見ろ、鼻毛の白髪だと主人は大に感動した様子である。 本当に論文を書きかけたのかと鈴木君の合図はそっち除けにして、熱心に聞く。 迷亭は面白半分にこりゃどうですと三枚目を出す。 黄白青銭が智識の匹敵でない事はこれで十分理解出来るだろう。 何も寒月君に恩になったと云う訳もないが、これはただに個人のためにする血気躁狂の沙汰ではない。 主人は金田事件などには無頓着である。 しかし主人の考えでは一年持ち、二年持ち、五年持ち十年持った以上は生涯持たねばならぬと思っているらしい。 　猫の足はあれども無きがごとし、どこを歩いても不器用な音のした試しがない。 ――それでさ本人が博士にでもなってくれれば先方でも世間へ対して肩身が広い、面目があると云うんだがね、どうだろう、近々の内水島君は博士論文でも呈出して、博士の学位を受けるような運びには行くまいか。 猫背の鼻は、ちと奇抜過ぎると面白そうに笑う。